「パワードスーツSF傑作選 この地獄の片隅に」(東京創元社)感想
面白い?:少しイメージと違ったけど、面白かった!
どんな本?:原書は2012年に刊行された「Armored」。パワードスーツをテーマに書かれたアンソロジー。原書には何と23もの短編が収録されていたそうだが、邦訳版はその中から12の短編を抜粋したもの。
パワードスーツといえば、自分はドライな、道具として使用するものとしてイメージすることが多いです。
パワードスーツとして一般の方でもパッと思い浮かぶのはアイアンマンとかでしょうか。
映画好きな方は「All you need is kill」のトム・クルーズが着てたスーツや、「エリジウム」のマット・デイモンが装着していたのを思い出す人もいるでしょうし、漫画「GANTZ」のガンツスーツや、ゲームのコールオブデューティにもパワードスーツがギミックとして使われていました。
本書に登場するパワードスーツは、どれもかなり高度なAIが備わっている場合が多いです。
人間にも劣らない人格を持ったスーツは、道具というより、よりナマっぽい印象が強い。
本書に収録された作品では、所有者とスーツの人格の重なり合いや、意識の問題にまで踏み込んだものが多いなと感じました。
以下、本書の中で個人的に好きな作品を数点紹介したいと思います。
「ノマド」 カリン・ロワチー
本書で登場するパワードスーツは「ラジカル」と呼ばれ、憲法により基本的な権利を保障された知性が備わっている。ラジカルはある1人の人間と強い結び付きを持ち、ラジカルと一体になることを「融合」と呼んでいる。
あるギャングに所属するラジカルのマッドは、装着者を亡くしてしまい、次の装着者を選ばず単独で生きていくことを選ぶ。そこへマッドの前装着者の死の真相を知っているというギャングの新入りが現れ、自分との「融合」を持ち掛けるが…と言う物語。
パワードスーツSFというより、ウィリアム・ギブスン的なサイバーパンクっぽい作品。独特なワードセンスも黒丸尚の訳文を思い出させる。
外傷ポッド アレステア・レナルズ
戦場のど真ん中で深刻な傷を負った兵士のマイクは、治療用のユニットを装備したパワードスーツ=外傷ポッドに収容される。
昏睡状態に陥ったマイクは意識だけを覚醒させ、外傷ポッドを通して戦場の様子を偵察するうちに、やがて自身の変化に気付いていく…という物語。
これも実はあまりパワードスーツは関係がない。傷を負って沈黙する肉体と、頑健な外傷ポッドの間を行き来するマイクの精神の変容が物語の中心になる。
意識の在りかと「私」を定義するものは何かという哲学的な示唆に富んだ作品。
ドン・キホーテ キャリー・ヴォーン
実は既にパワードスーツは実用化されていたのだとしたら?という歴史のifを描いた短編。
歴史ifを描いた作品はこれともう一編収録されているが、自分はこのドン・キホーテの方が好き。
スペイン内戦末期の1939年。新聞記者の主人公は、勝敗の決したと思われる戦場で、勝利している側の陣営が甚大な損害を被っている光景を目の当たりにし、追い詰められた側の陣営に戦局をひっくり返す秘密兵器の存在を嗅ぎ取るが…という物語。
パワードスーツと呼ぶにはあまりに無骨な兵器の描写が好き。抑制された文体とラストのオチが好き。トンデモ兵器が数多く開発された第二次世界大戦においては、ひょっとしてこの作品のようなパワードスーツが密かに作られていたのではという微妙なリアルさとロマンが良い。